トップページに戻る

アユタヤからバンコクへの旅


2005年1月3日はアユタヤの遺跡を巡り午後にはバンコクへ移動しました。その旅行記をまとめます。

前日の1月2日のロッブリの様子はロッブリーへの旅

● 2005−1−3(月)

アユタヤ遺跡めぐり

本来は今日は月曜日、故にバンコクに帰ってゴルフをしているはずであったが、ものすごい列車の込み具合を見て恐れをなして急遽、アユタヤに泊まった。

なんども訪れているアユタヤなので、すぐにでもバンコクに帰ろうと思ったのですが、天気は良いし、主なものだけでも見て回る事にした。

朝起きて、ホテルの朝食をとり、トクトクでゆっくりと観光を楽しむことにした。行ったのはまず有名なワット・プラ・マハタートへ行きました。

何度も来ているがその度に新たな感激を生み出す。ここは世界遺産アユタヤの中心的な寺院である。
この寺院は1374年仏舎利を納める為に第3代王、ポロム・ラチャシラット1世が造営させたと言う説と2代ラーメスアン王が建立したと言う説がある。
当時は尖塔が金色に輝く高さ44mの巨大な仏塔があり、さらにその後50mに改築されたそうです。しかしビルマ軍の侵攻で破壊され廃墟と化した。首の無い仏像群やレンガの瓦礫が激戦の様子を伝えています。特に長い年月を経て、木の根に取り込まれた仏頭がこの寺院の歴史を物語っている。
      
上の左の写真は ビルマ人に破壊された仏像の首がこの木の根に持ち上げられ長い年月により、根に囲まれてこのようになりました。。
右はこの「全体像です。このように大きな樹木の根元なのです。 2005-1-3撮影


  
上の左の写真はこのワットの中の池です。とても綺麗で、ゆっくりと眺めているだけでアユタヤに来た感じがします。左はビルマ軍によって破壊された仏像群であります。すべての仏像の首が刎ねられています。 2005-1-3撮影

次に出かけたのは向かい側にあるワット・ラチャブラナである。ここはライトアップも綺麗なワットである。王位継承を争って、共に命を失った2人の兄の為に第8代王ポロム・ラチャシラット2世が1424年に建立したと言われています。ここもビルマ軍に破壊されている。 大きな仏塔が目に付くが、歩いてゆっくりと見学をしました。
     
上の左の写真はこのワット・ラチャブラナの全景であります。右の写真はこの仏塔を支えている彫刻は、ガルーダみたいでした。2005-1-3撮影

トクトクはその後、遠くのワット・チャイ・ワッタナラムへと向った。
ここは川のほとりにあるクメール様式の寺院である。アユタヤの島の外、チャオプラヤ川の河岸にある寺院で、アンコール王朝との 戦いに勝利した記念に建立された寺院で比較的保存状態が良い。ライトアップもここは綺麗です。

    
上の写真はこのワット・チャイ・ワッタナラムの全景であります。


      
上の写真はこのワット・チャイ・ワッタナラムが川のほとりにこのように建立されているのです。
左奥の島がアユタヤの中心であります。故にこのワット・チャイ・ワッタナラムはこの島の外にあることが分かります。
右の岸も島の外にあるのですが、この岸から少し南に行くと、あの日本人村がございます。
山田長政(静岡市出身)がアユタヤ王朝の為に奮戦した地なのであります。
右の写真はこれまたビルマ軍によって破壊された仏像の集まりで、沢山ありました。タイにとって、やはり歴史的にビルマ(現、ミャンマー)とは仲が悪いのですね 2005-1-3撮影

観光中に在タイの友人から電話が入り、明日はゴルフを予約してありますからとの情報が入りました。うれしい!

一通りの観光が終わったので、列車の移動は無理なのでバスターミナルへ行ってもらいました。ここからバンコクまでVIPバスで帰るつもりでした。
たまたま発車寸前のバンコク行きに間に合いましたので、ビールを1本買い込んでバスに乗り込みました。
90バーツの運賃は安かったです。快適な道路を一路、北バスターミナルに向かい、ほぼ予定通りの昼過ぎに到着しました。
ターミナルからTAXIでバンスーまで行こうと思ったのですが、運転手が気を利かせて1個スクンビットに近い地下鉄の駅である
サパーンクワイに着きました。
ここは大きな市場になっていてこのような場所の食堂(FOOD COURT)はおいしいはずです。ここで昼食としました。
もしお腹がすいたならば、地下鉄でここまで来て食べてもよいなと思いました。安くておいしい食事がいただけました。
地下鉄でスクンビットまで帰ってきて3泊4日のスコタイ、ロップリ、アユタヤの旅は終わりました。

このあと時間があったのでバスで
カオサンまで出掛けました。ここはバンコクではないみたいにタイ人が少なく外国人であふれています。
日本人も数人見かけましたが、この混雑を考えれば100人に一人もいませんね。とにかくすごい人手なのでびっくりしました。新年だからかな?ここでも大津波の募金がありましたので、少しではありますが現金を入れました。
   
上の左の写真はカオサンのほぼ中央、ストリートのOPENエリアではビールを飲んでいる。
右は2004-12月26日に発生した津波災害に対する義援募金箱です。
カオサンのエアーポートバスの停留所近くに有りました。私もささやかではありますが、現金をこの箱に入れさせていただきました。 2005-1-3撮影

ここでほぼ中央にあるセブンイレブンの前のオープンエリアでビールを注文し、通り過ぎる外国人を見るとも無く身ながらのんびりと過ごしました。(野菜炒めを注文しましたが、こんなまずいタイ料理は初めてで、殆ど食べませんでした。)
トクトクで20バーツでターチャン(チャン船着場)まで行って、EXPRESS ボートでクルントン橋まで行きました。
このクルントン橋のたもとにある有名な
THE WATER FRONTへ行っておいしいタイ料理を食べました。でも一人旅なので、多くの料理を注文出来ません。

とにかく味わうだけ味わって、バスにて戦勝記念塔に行って、そこからBTSでスクンビットのホテルまで帰ってきました。 明日のゴルフの支度をして就寝です。
   
上の左の写真はターチャンから乗り込んだEXPRESS ボートから見たチャオプラヤ河の夕日です。たった8バーツでこのすばらしい景色が堪能できます。右の写真はTHE WATER FRONTからみたクルントン橋。いずれも2005-1-3撮影

   
上の写真はTHE WATER FRONTからチャオプラヤ河の下流方向を眺めたところです。料理も美味しいですが景色もいかにもバンコクという雰囲気であります。

● 2005−1−4(火)

ゴルフ:マウンテンシャドウへ   

今回の訪タイ最後の日、それは楽しいゴルフの日になりました。今日から仕事始めの友人はまずは会社に出勤した後、事務処理を終わってゴルフ場に直行です。
私はその会社の別のお車のお出迎えで、ゴルフ場で合流しました。 場所はバンコクから南東のパタヤ方面に約1時間半くらいフリーウウェーを走ったマウンテンシャドウというゴルフ場でした。

とても楽しいラウンドになりスコアも、ハーフあわや30代が出そうでした。
ラウンド後、友人達とタイ料理で懇談し、スクンビットへ帰ってきました。


   
上の写真は今回訪れたマウンテンシャドウ ゴルフ場です。元、パンヤ・ヒルという名前だったそうです。近くにあのバンプラがありました。2005-1-4撮影

楽しかった2005年の正月休みも、今日が最終日、ドンムワン空港に着いたのは午後11時30分でした。

今回の旅の初日のスコタイへの旅の様子はスコタイへの旅



トップページに戻る