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ロッブリーへの旅


2005年1月2日にピサヌロークからロッブリーへ移動しました。その旅行記をまとめます。

前日の1月1日のシィー・ラッチャナライの様子はシィー・ラッチャナライへの旅

● 2005−1−2(日)

猿の街、ロップリーとアユタヤのライトアップ

昨夜は苦労してここまで来た。それでも朝早くホテルを出て、ぶらぶらと歩いてみた。
(HOTEL:NETT HOTEL  TEL:0-3641-1738)
とにかく街は小さいので30分くらいで突き抜けてしまうくらいの面積であろう。
しかしながら、この街全体が天井の無い博物館みたいであった。
ぶらぶら歩いていれば、遺跡にぶつかるし、遺跡のすぐ隣に一般の住民が住み着いているという具合であった。
右も左も分からないので、まずは国鉄の駅に行って荷物を預けた。(20バーツ)
午後の列車の時刻を調べたら午後2時40分くらいに丁度良い列車があったので、切符を確保しておこうと窓口に言ったら、全て3等車で座席指定は無いとの事でした。(これが後から影響して、予定の変更を余儀なくされるのであるが、この時は、マイペンライであった。)
駅前に大きな遺跡があったがこれは後回しにして、街を歩こうと思った。
この遺跡の開園時間が8時であったので、まだ開園していない事も手伝って街の散策を優先した。 身が軽くなって、まずは朝食をとりたかったがぶらぶらと昨日の断ったホテルの方に行くと、なんとサルの群れが電線の上を走っている。突き当たりの大きな遺跡にも、たくさんのサルが群れを成している。
  
上の左の写真は駅から200mくらい歩いた所にあるワットであるがこのように猿が群れを成して住み着いているようです。ここに行くまでの商店街の電線にも多くの猿がぶら下がっていました。
右はこのワットから300mくらい行った所の市場(トラート)の食堂です。ここでささやかな朝食を一人でとりました。美味しかったですよ。 2005-1-2撮影

その遺跡を左折してしばらく行くとトラート(市場)があった。
ここでセンレックの朝食だ。おいしい。 慌てずにのんびりとした朝食をローカルの人達と食べた。
そして、この街を歩くと右も左も分からないので、昨夜泊まったホテルに電話して、車をチャーターしようとしたが、駄目だった。
しかたなく、なんとなく街中らしい通りを歩いていると、サムローがやってきて10バーツで良いよと言うので乗り込んだ。
乗り込むとこの親父さん、同じ料金で良いからといって、その乗車した所から100mくらいの西洋館のある遺跡に案内された。 ここは思っていた以上に広く、西洋館以外の遺跡が見ものであった。
  
上の左の写真はサムローの親父さんに連れて行かれたNarai Ratchaniwet Palace です。左側には昔の王宮の跡があります。しかし中央には右の写真のような西洋館(たぶんモンクット宮殿)がありました。2005-1-2撮影
ここは国立博物館--- この宮殿は偉大なナライ王によって建造され、1665年から12年かけて構築されました。
この宮殿は町の中心に位置しています。宮殿の中心がモンクット宮殿、その隣には白亜の純タイ様式のチャンタラ ピサーン宮殿、その反対にあるのがドゥシット サワン ターニャ マハ プラサート ホールがあります。そして、これらの南側にスッタ サワン宮殿があります。
  
上の左の写真はこのKIING NARAI'S PLACEを右側に廻っていくとこのようなつげで出来た動物の庭がありました。そして出入り口の方向に戻ってくるとこのような西洋館がありました。2005-1-2撮影

次に、少し規模の小さな遺跡に連れて行かれた。この親父さんは、もうやる気満々である。遺跡はこじんまりとして街中にあるにもかかわらず静かでした。ここはVichayen Houseと言います。

    
ウィチャエン ハウスはフランスのルイ14世が最初に送った大使、シュヴァリエ ド ショーモンのために建てた住居でした。その後、この住居はチャオ プラヤ ウィチャエン(ギリシャの冒険家、コンスタンチン ファルコン)が1688年に亡くなるまで居住していました。
上の2枚の写真がこのウィチャエン ハウスであります。

ゆっくりと見て周り、サムローの親父は今度は猿寺へ行こうと言い出した。
ここを見ないとロップリーへ来た意味が無いので、行くことにした。
ここは駅から300mくらいのところで、一つ目の踏切を渡ったらすぐの所にあります。
特に特徴があるわけでもない寺院で中には仏像が安置してあり、とりあえずわずかばかりのタンブンとおまいりをしてまいりました。

   
上の写真はこの猿寺の階段の傍にある像。右は全景です。 2005-1-2撮影

タイ人はこのような時に本当に真剣になってお参りしています。線香とローソクに火をつけ、竹串のようなものを筒の中でガチャガチャ鳴らしながら、お祈りしています。
本当に信心深く、いつもは適当に行動している人でも目つきが変わるくらい真剣であります。
正月なので多くのタイ人のお参りで賑わっていました。いわゆる初詣なのでしょう。

ここから踏み切り越しに見える遺跡はとうもろこし形の仏塔が3個ありスケールが大きなものでした。これが最も有名な
Phra Prang Sam Yotです。
以前はヒンドゥー寺院であったこの寺院は鉄道駅から200mの所にあり、ロッブリーの最も有名な歴史的建造物です。
ラテライイトと砂岩の組織物はロッブリー様式で構築され、漆喰で装飾されました。
3つの塔はヒンドゥー神の創造神であるブラフマー、守護神のビシュヌ、破壊神のシヴァの三位一体を表しています。ナライ王統治の間は仏教寺院として改められました。
   
上の左の写真はPhra Prang Sam Yotを踏み切り越えに見たところです。右はワット・プラ・シイーラッタナ・マハー・ターツです。駅前にある大きな遺跡です。 2005-1-2撮影

駅目前にある複数の様式が混ざり合った寺院で、ゆっくり見ると1時間くらいかかります。

猿の集団に手を焼きながらもサムローは駅までやってきました。そこで降りた私は近くの理髪院に入って散髪をしました。(80バーツ)
午後の列車の時間まで相当時間があるし、散発でもやって時間をつぶしましたが、そうだ、
ひまわり畑を見に行こうと思い立ち、駅の車置き場のおじさんと価格交渉をしました。
確か40Km位の距離のはずですので、相当とられると思いました。
おじさんはひまわりはもう終わっているので、なんだか川の流れのきれいなところ(どうもダムがあるところらしい)へ行こうと誘いますが、私はひまわりにこだわりました。500バーツで話がついて、車を借り切りました
   
上の写真はひまわり畑の全景です。2005-1-2撮影

駅をスタートして、先ほど行った猿寺院の横を抜けて、車は一路ひまわり畑へ向かいました。
1時間くらい走ったと思います。(例によって走るとすぐにガソリンスタンドへ立ち寄りました。私に100バーツをくれと言います。料金の500バーツのうち100バーツを燃料代に先に私に支払わせました)
左手に山が見えてきましたが、その山のふもとまで一面のひまわり畑が現われました。
ロップリーは猿の街として有名ですが、このひまわり畑も見ものであります。
11月から2月までとガイドブックには書いてありましたが、1月上旬でもう終わりに近い感じでした。畑は数面に区分けされていて、おそらく11月に満開になる畑と12月に満開になる様な所、それに1月に満開になるようにしてある所に区分けしてありました。
でも1月の2日で多くのひまわりはその最盛期を過ぎていましたのでやはり12月中旬までが見ごろと思います。

駅まで戻ってきていよいよ駅前の大きな遺跡を見学しました。
ここはスケールが大きく見るものがたくさんありました。
太陽を浴びた遺跡はさらに美しさを増して、私をクメール時代の中に誘っていきます。ゆっくりと散歩しながら、午後2時30分に駅に戻りました。
  
上の写真は
ワット・プラ・シイーラッタナ・マハー・ターツです。右はこのワット・プラ・シイーラッタナ・マハー・ターツの仏塔です。

そろそろ、列車の来る時間であります。 当面、アユタヤのライトアップを見て、それから最終の列車でバンコクへ戻るつもりでした。
故にアユタヤまでの切符を買い込んで、列車の来るのを待ちました。案の定列車は1時間以上遅れてやってきました

多くの帰省客がバンコク方面に乗り込みます。私は最後尾で列車のデッキに座り込み、ここは特等席だねと感心しながら流れ行く田園風景を見ながら日の傾く大平原を見ながら、列車の旅を満喫していました。
列車の中はまさに寿司詰め状態で、とても入る余地はありません。
私は快適でありました。でもこの快適さも次の停車駅で無残にも打ち砕かれました。
帰省客がどっと乗り込んできたのであります。私は立ち上がり可能な限り奥の方に移しましたが、乗れたのは3人くらいでした。
でもこの3人乗ったおかげで、快適から最悪になってしまいました。アユタヤまでは1時間くらいでしたが、この状態ではバンコクまで列車で旅するのは無理(正月休みが終わってバンコクへ帰るお客が一杯)であると痛感し、アユタヤで泊まる事にしました。

  
上の左の写真はアユタヤの駅に着いた時に乗り込もうとした乗客の人々。 右の写真はアユタヤの駅の全景であります。2005-1-2撮影

アユタヤ駅に着いてホッとしました。アユタヤから乗りたいお客を相当数残したまま列車はは発車してしまいました。
あのお客様はどうするのでしょうね? 私はサムローを捕まえて以前泊まったことのあるアユタヤグランドホテルまで行って、熱い風呂に入って休養した後、いつも行くレストランへ急行し、おいしいタイ料理を食べて、ライトアップを堪能して就寝でした。

  
上の写真はいつも行っているアユタヤで一番美味しいレストランです。川沿いに有り事前に予約しておけばライトアップが船から食事をしながら眺める贅沢もできます。料理は本当に美味しいですよ。それに安い。 2005-1-2-撮影
Saithong River Restaurant  TEL:035−241−449,244ー575です。皆様もご試食下さい。

翌日の1月3日のアユタヤの旅の様子はアユタヤからバンコクへの旅



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